難聴高齢者を家族の、社会の輪の中に

2007年11月16日 金曜日

 高齢社会に入り難聴高齢者が増えている。七十才を越すと約半数が、九十才以上になると殆どが、補聴器を必要とするようになるので、大変多くなっている。

 法律の改正(�薬事法改正・厚生労働省・平成17年4月 �特定商取引に関する法律等の改正・経済産業省・平成16年11月)や制度制定(補聴器相談医制度・日本耳鼻咽喉科学会・平成18年4月)などにより、一人ひとり異なる聴え方に適合された補聴器が得られるようになって来ているが、適合補聴器にてコミュニケーションが良好な高齢難聴者は未だそう多くないようである。

 いくら適合補聴器であっても、付ければ良いと云うものではなく、これをうまく使いこなすには、補聴器に慣れ、使いこなして行くためのトレーニング・指導が必要である。

 ドイツでは、医学的判定の元に補聴器適合が行われ、医師が補聴器の適合状況をチェックした上で、トレーニングは補聴器店で行われる。店内には数箇所のトレーニング室があり、そこで補聴器を充分使いこなせるようになるまで、トレーニングが行われる。高度難聴で補聴器のみでは良く聴き取れない時には、読唇も併用するよう指導する。

 日本では、このように指導するところは殆どない。従って、補聴器を装用した時、また補聴器をつけても充分使いこなしていない人(ひとこと、ふたこと話せばすぐ気付く)には、真正面から、話している人の口を見せるようにして(読唇の経験がなくても、話している人の口元と耳から入ってくる音で、理解力は可成り増す)ハッキリ、ユックリ話してあげる必要がある。要するに、相手にわかってもらおうとする気持ちが重要である。そして、一人の人間として尊重し、家族の輪の中へ、社会の輪の中に気持ち良く入れるようにする心遣いが必要である。

 話が良く伝わらないと、敬遠したり、無視したり、また家族の中でも「オジイチャンは聴えないから」とか除外してしまうのは、差別であり、精神的動物である人間が家族から除外・差別されることは虐待に等しい。

 難聴者は、外からみると五体満足で視覚障害者や肢体不自由者のように障害があるように見えない、また人に話し掛けられるのが怖いので、目立たないように人の前に出ないようになるので、目につきにくい。従って一般に難聴者に関心はないし、その不自由さ・屈辱感を理解できない。しかし、近年高齢化が進み身近の人、家族内に難聴の人、聴えが少し不自由し出した人が増えて来ているので、国民全体が難聴者への対応に心遣いをするようになる必要がある。

 近年、「バリアフリー」と云う言葉が良く使われるが、段差をなくすなど物理的なことに使われていることが多い。難聴者の場合には、「心のバリアフリー」が重要で、共に元気で楽しく暮らして行けるように、充分の心遣いをする社会になってほしいものである。


  • カテゴリー: 論壇
  • 投稿日:2007年11月16日 金曜日

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